カテゴリー別アーカイブ: おすすめ

第1回:ひょうたんスピーカって何?

ひょうたんスピーカーを作ろう!
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9月ごろのことです。
会社で音楽をかけていて、ボリュームを大きくすると邪魔だし小さくすると聞こえないしどうにかならないかなー、と思っていたんですが、「ひょうたんスピーカーにしたら解決するんじゃないか?」と思い立って実践することにしました。写真をご覧になればわかりますが、もう実際に会社で使っています。快適なリスニング環境が完成しました。
このメイキングをこのブログに書こうと思い、新カテゴリー「ひょうたんスピーカーを作ろう!」を新設しました。
これから約10回程度で、ひょうたんスピーカーの作り方を解説していきたいと思います。今のところ以下のようなコンテンツを予定しています。
第1回(今回):ひょうたんスピーカーって何?
第2回:必要な物と道具を揃えよう
第3回:ひょうたんスピーカーを作ってみる
第4回:ひょうたんスピーカーを慣らすアンプについて
第5回:ひょうたんスピーカー専用アンプを作る(前編)※マニアック
第6回:ひょうたんスピーカー専用アンプを作る(後編)※マニアック
第7回:ひょうたんの栽培をしてみよう1(接触編)
第8回:ひょうたんの栽培をしてみよう2(発動編)
第9回:ひょうたんの栽培をしてみよう3(収穫編)
第10回:まとめ
第5回まではすでに完成していることを書くだけなので簡単なんですが、それ以降はまだどうなるかわかりません。
では、早速、「ひょうたんスピーカーって何?」という解説からはじめます。

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Mt.富士ヒルクライム2010 報告

今年も走って来ました。Mt.富士ヒルクライム。
(2010/06/07:追記あり)
(2010/06/08:GARMINの生データをアップしました)
公式リザルトは
1時間29分51秒
念願の90分切りを果たしました。
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(撮ってくれた方、ありがとうございました)
昨年も同じ90分という目標で走ったのですが、1時間48分という腑甲斐無い成績でした。今年はリベンジということで昨年のデータや普段の奥多摩や奥武蔵の走行記録をかたっぱしから検証して綿密な計画で走りました。その計算があまりにも正確すぎてか(笑)、誤差わずか9秒という驚異的な数字となりました。
ツイッターでのリアルタイムなつぶやきはこちら

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あと数年だけでも、写真はフィルムで撮りませんか?

ここ半年ほど、あえてデジカメばかり使っていました。
その結果、5ヶ月間でフィルムを1本も現像していないという状態だったのですが、さすがに禁断症状がでてきて年明けからフィルムばかり使ってます。
あえて言いますが、やっぱフィルムがいいです。

新宿スナップ
2009/01/12 新宿
PENTAX SuperA | smc-M50/1.7 | DNP CENTURIA 200

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カテゴリ: PHOTO 日付:
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一都四県、四河川を一日で制覇する日記

またまた、走って来ました。
今回は利根川到達が目標でしたが、結果的には
1都4県:東京都、埼玉県、千葉県、茨城県、神奈川県
4河川:荒川、江戸川、利根川、多摩川
を一日で回る、という強行軍となりました。

朝の光
2008/10/18 江戸川
RICOH GX200

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カテゴリ: チャリ走行日誌 日付:
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最近、騙される人多いなぁ

さきほどの日記で「税理士は法人化する人が増えると儲かるのだから、法人化にメリットが多いと説くものだ」と書いて、そういえばあれも書かねば、と思ったので余談として・・・。
最近「騙される人が多いな~」と思うんですよ。とくにネット上の文章に引っかかる人が多い。

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カテゴリ: 会社設立日誌 日付:

Culture Firstに騙されるな!

まずはこの記事を読んでください。

87の権利者団体が「Culture First」の理念を発表した。「文化が経済至上主義の犠牲になっている」とし、私的録音録画補償金の堅持に加え、対象をiPodやPC、携帯電話などに拡大すべきと訴えている。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0801/15/news117.html
「Culture First」の趣旨は、「流通の拡大ばかりが優先され、作品やコンテンツなど創作物を単なる『もの』としか見ないわが国の昨今の風潮」を改め、「『文化』(Culture)が重要視される社会の実現」を目指すことにあるそうです。これは非常に立派な理念だと思います。
しかし、これを言っている権利者団体の中心にいるのは日本音楽著作権協会(JASRAC)です。そう、「流通の拡大ばかりが優先され、作品やコンテンツなど創作物を単なる『もの』としか見ないわが国の昨今の風潮」を広めた張本人であり、経済至上主義の権化です。最近もドワンゴと共謀して初音ミクを使った個人作曲家から利益を吸い取ったばかりのあのJASRACが、何を言ってるんでしょうか?
よくよく読んでいくとおかしいことばかりです。地球温暖化とどこが同じなのかさっぱりわかりませんし、機械文明優先の社会の是非との関連性も全く不明です。
僕の視点からこの(日本での)「Culture First」が生まれた経緯を説明すると、要するに「最近ハードウェア企業ばかりが儲けすぎてるんじゃない? ソフトウェア業界にももっと儲けさせろよ」という話なんです。もっと言えば、「IT化の波に乗り遅れたけど分け前よこせ!」と。文化が大事とか温暖化はいかんとか、誰でも納得しそうな綺麗な文面を並べていますが、それとこれとは全く関係ない。「俺たちにも儲けさせろ」とJASRACが主張していて、市川團十郎やすぎやまこういちのような正義感がありつつもちょっと視野が狭いと思われる人たちが口車にのせられてしまったんです。言っておきますが僕はすぎやまこういちを尊敬しています。ドラクエはともかくイデオンの音楽はすばらしい。その氏がこういう形で登場するのは残念でなりません。
はっきり言っておきますが、昔はともかく、今となってはJASRACは日本の音楽文化発展にとって障害でしかありません。ビジネスベースに乗らない音楽がこれだけ虐げられているのはJASRACが原因ですし、音楽の多様性を阻んでいるのもJASRACが原因です。ネット上で自分の曲を自由に公開し、気に入った人がダウンロードして聴く、自発的でシンプルなネット上の新しい音楽文化が2007年に生まれたにもかかわらず、それを年末にJASRAC(とドワンゴ)がぶち壊したではありませんか。JASRACは音楽文化を大切にしようなんて思っていない、と僕は断言します。彼らは自分たちが音楽産業を牛耳りたい、と思っているただそれだけです。
市川團十郎さん、すぎやまこういちさん、船村徹さん、文化を大切にしたいからこそ、偽者の「Culture First」に加担しないでください。マジで頼むぜ。

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しまむら寮って知ってますか?

京王線某駅のすぐそば、というかほとんど駅ビルのような場所にそれはあります。終電を逃したサラリーマンや夜を明かしたい学生などが夜を過ごす一日だけの借りの宿、その名も『しまむら寮』。名前からするに、もともとは学生寮だったのかもしれません。そこでは見知らぬ人同士が偶然の出会いを楽しみ、朝まで語り合うそうです。その近辺の人なら誰でも知っている有名な寮なのですが、一般的には全く知られていません。先日この『しまむら寮』に行ってきました。

言葉では説明しづらいのですが、その駅の真裏に小高い丘がありそこに埋め込まれたようにビルが立っています。改札を出てすぐ横の坂を登るとそのビルの上にでるのですが、そのビルの屋上とも丘の中腹ともとれる微妙な空間に古びた黒い木造建築があります。門の横に『しまむら寮』と書いてあるのでそれとわかります。数段の階段をあがって門の中に入ると右側の一段下がったところに寮が立っており、左側はテラスになっていました。テラスは見張らしがよく、ちょっとした展望台のようでした。まずは寮そのものの建物は歴史を感じさせる不思議なオーラをもっており、明治時代からつづくという噂もまんざらでは無いと思いました。強いて言えば(知る人は少ないと思いますが)旧広島大学薫風寮に近いと感じました。

紙に水彩

しかし、残念なことに(予想していたことですが)、ふれこみの『寮』としてはすでに機能していないことがすぐにわかりませした。趣のある建築物にそぐわない緑色の看板には『卓球広場』と書かれており、建物の中にはいくつかの卓球台が無造作に置かれていました。つまりこういうことです。『しまむら寮』は時代の移り変わりとともに「夜明かしの語り場」としての役目を終え、卓球所として再利用されるという形で存続を計った、と。しかもその卓球所も見る限り機能してはおらず、今はただ卓球台の置いてある展望台の休憩所といった程度です。

ここで「時代に取り残された過去の遺物」と感傷的になることも可能なのですが、あえて「ほろびゆく姿に美しさを感じた」と表現しておきます。ところで僕のブログを読んでいる人なら「あれ?」と思うところでしょうが、僕はこの日迂闊にもカメラを携帯していなかったのです。これに気づいたときは激しく後悔しました。普段どうでもいいような電柱とかをパチパチ撮っているのに、このいつなくなるかわからない貴重な建物を撮らなくてどうするのか、と。しかし後悔しても仕方ないので、帰ってから思いだしスケッチするためにとじっくりと目に焼き付けました。その成果は見てのとおりです。その時は細部まではっきりと記憶したつもりだったのですが、今はぼやっとした印象しかありません。記憶だけで絵を描くことの大変さを身に染みて実感しました。

紙に水彩

なぜか建物の中に入るのを後回しにし、外から眺めてばかりいました。このスケッチの2枚めと3枚目がそれぞれ寮の建物とテラスの様子ですが、これらは門からではなく一旦敷地の奥まで行って振り返ったところの様子です。先ほどの説明とは逆に建物が左、テラスが右になっているのはそのためです。建物の中には人は見当たりませんでしたが、テラスにはわりと人がいて散歩途中の親子とかカップルなんかがのんびり過ごしていました。それはそれでこの場の存在意義が全く失われているわけではないという安心感をおぼえました。

紙に水彩

そして最後に建物の中に恐る恐る入ってみました。卓球台はほこりだらけで使われている様子はありません。他にどこかの喫茶店から持ってきたような小汚いテーブルもいくつかありますが、これも置いてあるだけといった様子です。ふと暗がりに目を凝らすと、奥に管理人室のような畳部屋があり、そこのベッドに白髪の老婆が寝ているのが見えました。このとき全ての納得がいきました。おそらく彼女がこの寮の元々の管理人なのでしょう。そして寮が役目を終え卓球場となったあとはあまりやる気もなくなり、今はもう寝たきりでお迎えを待っているだけの状態なのでしょう。だからもうこの建物は使われておらず、彼女がいなくなれば建物も取り壊されるのでしょう。

紙に水彩

初めて来た『しまむら寮』ですが、おそらくこれを見るのは今日が最初で最後でしょう。長い『しまむら寮』の歴史ももうまもなく終わるでしょうから。この日ここに来て良かったと思いました。そして門に立ってもう一度眺めました。少し日が翳ってきたので建物はさらに黒く見えました。

さて、名残惜しいけど帰るか・・・と思ったところで目が覚めました。

(その後、念のためネットで調べてみましたが、もちろん『しまむら寮』は存在しませんでした。その日は意外に早起きで出勤までしばらく時間があったため、スケッチブックを開き、そばにあったボールペンで急いでラフスケッチを9枚描きました。ここに載せているのはそのラフを元にさきほど改めて描き直したものです。)

カテゴリ: 近況 日付:

時をかけるゲド戦記、あるいはハヤオの動かない城

筒井康隆原作の『時をかける少女』。これまで何度も映像化されていますが、僕は原田知世主演・大林宣彦監督のいわゆる「大林版」しか観ていません。しかも見たのは20年前。で、今回は現在上映されている細田守監督によるアニメ版『時をかける少女』を観てきました。全国でも数カ所のみの上映と、限りなく単館上映に近い規模の公開です。ただ客の入りはものすごく、19時用の整理券が14時にはなくなるという恐ろしい状況。劇場には「立ち見」という立て札が。普通の人ならこの混雑では観るのをあきらめるでしょう。だから今観ているのはきっと普通じゃない人です(笑)。この状況はどうにかしてほしい。映画はふらっと行って観れるようじゃないと。
これまでの『時をかける少女』の映像作品で一番有名あるいは評価が高いのはおそらく「大林版」だと思いますが、今回の「細田版」は実はこの「大林版」と深いつながりがあります。どうつながっているのかはネタバレになるのでさけますが、劇場で「細田版」を観た後、DVDで「大林版」を観たら2倍楽しめました。で、この「細田版」の出来に関してですが、これがもうすばらしい。大林監督には申し訳ないのですがこっちの方が面白い。貞本義行のオタクっぽいキャラクターデザインを除けば、文句のつけようがない。久しぶりにいいアニメを観ました。もっとたくさんの人に見て欲しい。だからこそあの混雑具合をどうにかすべきです。
ちなみに「大林版」のロケ地は尾道ですが、「細田版」のロケ地はなんとうちの近所(西武新宿線沿線)。アニメなので実際そのままではないんですが、言われてみると「あ、あそこね」とかわかる場所も数カ所。

花火

花火

Canon EOS 20D | EF24-85mm | 50mm(換算78mm)付近 | 1.6s | F16 | ISO400 |

※写真と本文は関係ありません。
で、話題の『ゲド戦記』です。この作品、混雑具合では『時をかける少女』と張り合っていますが、中身はまあ、特筆すべき点は特に見あたりません。僕は宮崎駿(以下駿)のファンではないので駿にくらべて云々という気は毛頭無いし、むしろ宮崎吾朗(以下吾朗)は吾朗の作品を作ればいいと思っています。なのですが、吾朗は駿そっくりな映画を作った。もちろん劣化コピーであるのは否めないし、シロウトなんだからアラもありますが、とにかく方向性としてはオリジナリティを出したのではなく伝統を守ったと言えます。この作品は駿不在でどれだけ駿テイストが出せるのかの実験作ではないのか?とも思えます。そう考えるならばこの作品は成功といえるでしょう。もしクレジットだけ「宮崎駿」と書かれていたら一般人の多くをダマせるくらいには駿テイストが出ていたと思います。しかし、だからといってそれがどうしたというのでしょう。とくに目新しさもなく、他の監督に駿テイストが出せたからといってそれでジブリは一体これからどうしたいのでしょうか!? もちろん「駿テイスト」なんていう言葉は僕がいま思いついただけでそんなものが定義されているわけではありませんが、世間的に「あ、宮崎駿だ!」と思うあの絵柄、という共通感覚はあるだろうと思います。数あるジブリ作品の中でも実際にヒットしているのはそのテイストを持った作品だけですから、駿ヌキで駿テイストが出せるかどうかはジブリにとっては重要なハズです。実際にはそのテイストは駿のオリジナルなんかではなく、大工原章、森康二、大塚康夫といった東映動画の大御所たちが作り上げた伝統のテイストで、それをみんなが勝手に駿のものだと思っているだけなんですが。
僕はもともと『ゲド戦記』には期待していませんでしたが、それでも観に行った理由はこれがジブリの転換点になるだろうと思ったからです。僕たちは歴史に参加しているのですから、歴史の転換点だと思った場所には積極的に立ってみるべきなのです。吾朗が今後もジブリの監督として活動するのか、それともこれ一回限りなのかはわかりません。が、いずれにしても『もののけ姫』以降いつ終わっても良かったジブリがここまでつづいてきて、息子まで引っ張り出してこの程度の作品で100億規模の興行収入をたたき出すという異常な状況。これで終わるのか続けるのか、続けるならどう続けるのか、スタジオジブリは今どこかに向かって曲がり角を曲がったハズです。
ところで、ここでなぜ『時をかける少女』と『ゲド戦記』を併記しているのか。細田守の経歴を知っている人ならばわかると思いますが、知らない人のために書いておきます。
たとえば、宮崎駿が『ワンピース』の監督をやったら、面白い作品ができるでしょうか? 僕にはそうは思えません。少なくとも『オマツリ男爵と秘密の島』を超える作品にはならないだろうと思います。では逆に細田守が『ハウルの動く城』を監督したらどうでしょう? 考えただけでわくわくします。知ってる人には蛇足になりますが、細田守はかつて『ハウルの動く城』の監督だった人です。制作半ばで追い出され、監督は宮崎駿に変更されました。そこで何があったのかは当事者しかわかりませんが、わかっていることはジブリ側からの依頼であったにもかかわらずジブリは細田守を監督として認めなかったという事実。しかし『ゲド戦記』の宮崎吾朗は認められた。細田守はダメだけど宮崎吾朗はOKと判断したジブリの意図は!? 後継者問題が深刻化しているスタジオジブリの、これが回答だと思っていいのでしょうか?
もちろん『ゲド戦記』は売れています。興行収入は『時をかける少女』の10倍か100倍くらいはいくでしょう。しかし作品の面白さは『時をかける少女』の方が少なく見積もっても10倍は面白い。日本はアニメ大国だ、アニメは日本の誇るべき文化だ、と今では政府までもが声を大にしますが、しかしここではっきり言わなければなりません。『ゲド戦記』の方が『時をかける少女』よりも評価されるような、そんなうそっぱちな文化を僕らは守る必要なんかない。あえてわかりやすく言えば、日本のアニメ文化を守るなら『ゲド戦記』ではなく『時をかける少女』を観るべきです。だから『ゲド戦記』の上映館数を1割減らしてほしい。たったそれだけで『時をかける少女』の上映館数が10倍に増やせるんだから。それでみんなが見に行ける。
僕たちは歴史に参加しているのです。いい映画を観ましょうよ。以上。

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