ピロラオス断片

まだ、この本を読んでいます。

ソクラテス以前の哲学者 (講談社学術文庫)
廣川 洋一
講談社
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ヘラクレイトスからさらに時代をさかのぼり、この本に所収されている断片集を最初から読んでみることにしました。そして行き当ったのがピロラオス。これは面白い。簡単に言うならば「お前の言ってることわけわかんねー、でもオモシロイね」という感じです。

あるものはすべて、限定者であるか、あるいは無限者であるか、それとも限定者であるとともに無限者でもあるか、でなければならない。

これはわかります。パルメニデスが批判していた考えの一つです。ですが、

だが、ただ無限者だけであったり、あるいはただ限定者だけであることはできないだろう。

これはどういうことでしょうか? 前に言ってることと総合してみると意味がわかりません。これはきっと煙に巻いているのではなく、訳が悪いわけでもなく、本気でこれで伝わると思って書いているのでしょう。また、

(略)・・・これらのものは、宇宙秩序のうちにしっかり組み込まれるためには、調和によって固く結合される必要があったのだ。

調和(オクターブ 1:2)の大きさは、四度音程(3:4)と五度音程(2:3)とを含む。・・・(略)

自然と調和について語っている中で唐突に「オクターブとは・・・」と語りだすくだりに、ついつい笑ってしまいます。断片だから飛んでいるのではなく、これはこれで一連の文章なのです。この人は間違いなく頭がいい。これは頭が良すぎて凡人に伝えきれていない人の書く文章です。そしてあきらかに理系の文章。哲学と自然科学に区別がなかった時代の古き良き思考です。

ですが、正直言ってる意味は良くわかりません。このあたりをまるごと引用します。

調和(オクターブ 1:2)の大きさは、四度音程(3:4)と五度音程(2:3)とを含む。五度音程は四度音程より一全音(8:9)だけ大きい。というのも、ヒュパテ(E)からメッサ(A)までが四度音程で、メッサからネアタ(E’)までが五度音程で、ネアタからトリタ(H)までが四度音程で、トリタからヒュパテまでが五度音程だから。メッサとトリタの間に一全音がある。四度音程は3:4の比をもち、五度音程は2:3の比をもち、調和(オクターブ)は1:2の比をもつ。かくて、調和(オクターブ)は五つの全音と二つの半音からなり、五度音程は三つの全音と一つの半音からなり、四度音程は二つの全音と一つの半音からなる。

訳がおかしいのか原文がこうなっているのかわかりませんが、今の音楽理論から言うと矛盾してます。ググった程度ではこれらのヒュパテとかメッサというような用語の意味が出てきませんでした。その道の専門書を当れば出てくるのかもしれませんが、ここではこのピロラオスの文章と現在の俺の音楽的知識からのみ仮説を立てながら読んでみます。俺はピタゴラスの音階にあまり明るくないのでちょっと誤解しているのかもしれませんが、かみ砕いて検証していきましょう。

調和(オクターブ 1:2)の大きさは、四度音程(3:4)と五度音程(2:3)とを含む。

これはいいですね。単なる命題です。それをこれから証明しようというわけです。ちなみに今の音楽理論でもこの命題は真です。

五度音程は四度音程より一全音(8:9)だけ大きい。

これも命題でしょう。これから証明しようというわけですね。

というのも、ヒュパテ(E)からメッサ(A)までが四度音程で、

ここからが証明開始です。ヒュパテとかメッサというのはよくわかりませんが、()内が正しいとすれば簡単なことです。EとAは四度音程です。ハ長調でいうと「ミとラは四度音程」ってことです。これはOK。

メッサからネアタ(E’)までが五度音程で、

さて、ネアタ(E’)というのは何でしょう? メッサがAだということを考えると、E’はAの五度上ということでEのオクターブ上のことだと推測されます。しかしEはヒュパテなのにオクターブ上のEはヒュパテじゃなくてネアタというのはよくわかりませんが、これがこの時代の音階なのであれば受け入れるしかありません。数学的な音程と平均律は厳密には一致しないのでその辺でヒュパテと別にネアタというEが存在するのかもしれません。とにかくAの五度上にネアタ(E’)という音程があるということです。

ネアタからトリタ(H)までが四度音程で、

さて、そのネアタ(E’)の四度上はトリタ(H)である、と来ました。Hは今でいうところのB、ハ長調のシですね。ネアタがEであればその四度上はAであるはずなので、やはりネアタ(E’)はヒュパテ(E)とは別音程だということになるでしょう。そして/または、トリタ(H)がHつまり今で言うところのBとは別ものである可能性もあります。トリタが今で言うBところのであれば、その四度下はF#です。そうなるとネアタはF#だということになり、「メッサからネアタ(E’)までが五度音程」に矛盾します。つまりネアタ≠E かつ/または トリタ≠今のBということになります。

トリタからヒュパテまでが五度音程だから。

今度はトリタ(H)の五度上がヒュパテ(E)である、と来ました。ヒュパテ(E)は最初に出てきた音程なのでここでは今のEと同じであると考えるしかありません。するとその五度下はAであり、トリタ=Aとなってしまいます。ではトリタ(H)は誤植でトリタ(A)であると仮定して戻ってみると、その四度下であるネアタはEであるということになり、’は何なのかとかヒュパテとどう違うのかはおいておいても、先の四度音程の矛盾が解消されます。

そういうわけで、「トリタ(H)」は誤植で「トリタ(A)」がが正しい、と理解してさらにドレミで書き換えると

E(ミ)からA(ラ)までが四度音程で、A(ラ)からE(ミ)までが五度音程で、E(ミ)からA(ラ)までが四度音程で、A(ラ)からE(ミ)までが五度音程だから。

となります。これは理論的にはすじが通っているのですが、同じことを二度言っているだけなのでちょっとおかしい。で、先の「ネアタ(E)というのはヒュパテ(E)のオクターブ上である」という仮説を復活させて、これに加えて「トリタ(A)というのはメッサ(A)のオクターブ上である」「ネアタ(E)のオクターブ上は再びヒュパテ(E)である」ということにしてみると、以下のようになります。

E(ミ)からA(ラ)までが四度音程で、A(ラ)からオクターブ上のE(ミ)までが五度音程で、オクターブ上のE(ミ)からオクターブ上のA(ラ)までが四度音程で、オクターブ上のA(ラ)からE(ミ)までが五度音程だから。

このように2オクターブで一周する音階だと考えるとスッキリします。しかし次の文ですべてが崩壊します。

メッサとトリタの間に一全音がある。

今の仮説では「トリタ(A)というのはメッサ(A)のオクターブ上である」だったので、「メッサとトリタの間に一全音」はダメです。完全に仮説崩壊です。ここは「メッサ(A)とトリタ(H)の間に一全音がある」の方が筋が通ります。しかし先述の「トリタ(H)からヒュパテ(E)までが五度音程だから」がおかしい以上どちらにしても説明がつきません。

あとは音程を上方向だけでなく下方向にも考えるという方法で矛盾を解消できないでしょうか?たとえば「トリタ(H)からヒュパテ(E)までは五度(下がる)」とか。それなら納得できます。しかしあまりにも強引でしょう。やはりネアタ(E’)あたりがキーのような気がします。これ以上はピタゴラス時代の音階に関する文献をあたるか、くわしい人にコメントを貰うしかありません。

最後に残りの部分ですが、

四度音程は3:4の比をもち、五度音程は2:3の比をもち、調和(オクターブ)は1:2の比をもつ。かくて、調和(オクターブ)は五つの全音と二つの半音からなり、五度音程は三つの全音と一つの半音からなり、四度音程は二つの全音と一つの半音からなる。

上記の謎が全部解けたとして、はたしてこういう証明が成り立つんでしょうか?

と、そういうわけで、文体からは非常に引き込まれる何かを感じたものの、その内容は???な感じでいまいち掴めていないピロラオスです。音階問題に進展があればまた話題にのぼることもあるかもしれません。


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