最近読んだ本2015春

突然ですが、ここ最近読んだ本の紹介です。

適当にピックアップしています。特におすすめというわけでもないので参考にするなりしないなり、ご自由にどうぞ。

21世紀の資本


言うまでもなく年末に邦訳書が出て一気に話題になった、フランスの経済学者の研究成果をまとめた書籍。英訳本発売時点からAmazonのオススメに出てきていたので気になっていたんだけど邦訳されたので即購入。中身は騒がれてるほど凄いわけでもなく、騒がれてるほど酷くもない。言いたいことは「はじめに」と「おわりに」に全部書いてあるので、要点を知りたければそこだけ読めばOKだと思う。ただ「なぜそういう結論なのか?」という疑問が湧く場合には本編を読むといい。邦訳されるまではたいてい「21世紀の資本論」と呼ばれていたけど、出版された邦題は「21世紀の資本」となっている。おそらくソフトにしたかったんだろうけど、著者の趣旨としては「21世紀の資本論」でいいんじゃないのかなぁ。

内容について書くと長くなるので紹介としてはこのへんで。

1Q84

ずいぶん前に買ってBOOK1~2を一気読みしたもののBOOK3に入った途端に疲れて放置していたのを、先日やっと読み終えた。謎投げっぱなしのままなのかなと思いきや、最後にはわりとちゃんとまとまっていたので親切な作品だと思う。

火花

最後まで一気に読み続けられる、単純に面白い小説。

なんだけど、だからこそ不満を述べたい。なぜ「純文学」セールスなのかと。読んでない人が「凄いらしい」と吹聴するのも気持ち悪いと思ったけど、それを最初から計算しているという広告戦略も気持ち悪い。こういうの「全米が泣いた」と同じくらい安っぽくて恥ずかしいと思う。良い作品なのになぜストレートに出せなかったのか。

この作品が「純文学」なのか否かについてあちこちで議論されているようだけれども、そもそも純文学/大衆小説/ライトノベルという分類自体好みではないし、ここでは僕の見解はあえて書かないことにする。ただ一言言うならば、片岡鶴太郎の日本画を「日本画だ」と思う人にとっては「純文学」だろうし、「日本画風のイラストでしょ」と思う人にとっては「純文学風味のタレント小説」ということになるだろうと思う。

僕が引っかかるのは「純文学」なのかどうかではなくて、なぜ「純文学」として売りだしたのかということ。もちろん「純文学」業界がどのくらい疲弊していて商業的に危機的な状況なのかも大雑把には知っているし、この作品はそこにカンフル剤として業界総出で戦略的に投入された作品だろうというのも想像できる。だけれどもこの戦略の先にどういう未来があるの?

これをきっかけにして「純文学」に興味を持つ人が増え、市場が広がって新たな文学の地平が広がっていくのであれば成功と言えるだろうけれども、これをきっかけにしてたくさんのタレントが「文藝」や「すばる」あたりに登場するようになってしまう未来であれば、それはやはり失敗だと思う。これからどうなるかな。答えは案外すぐに出てくるんじゃないだろうか。

カテゴリ: 読んだ本/漫画 日付:

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