参院選終わりましたが・・・。

さて、民主圧勝です。

これからテレビで評論家がコメントしたりや新聞で社説がでたりすると思います。それらより先に書きたいことだけ書いておきます。

今回の選挙の総括として「市民の声が政治を動かした」「有権者の目は確かだった」「これが民主主義だ」という論調になるのではないかと想像します。たぶんなるでしょう。浮かれる人が多いでしょう。でも本当に「『年金問題』や『談合事件』に対する人々の怒りが歴史を動かした」のでしょうか?

僕はそうは思いません。役人のやっつけ仕事も不要な公共工事もこれまでいくらでも行われてきたことですし、報道もされてきました。今回の事件と同じくらい腹立たしいことは僕が生きてきた数十年間に限って言っても、いくらでもありました。でもそれが選挙にここまで激しく影響することはありませんでした。なぜ今回だけこんなにひっくり返ったのでしょう?

そんな奥歯に何か引っかかったような言い方せずにはっきり言えよ、ということであればこう言いましょう。自分の意志で民主党に投票したと思っている人のほとんどは、マスコミに誘導されてるだけなのではないですか? マスコミの報道の中で事件の事実報道以外の部分、コメンテーターか何かのちょっとした意見なんかの部分を自分の意見だと混同し、それに従って投票したのではないでしょうか?

僕はニュースに出てくる評論家とか知識人のコメントが大嫌いです。かなりいい加減なことを言ってる場合も多いし、せっかくの事実報道を視聴者に歪曲して理解させる悪しき存在だと思っています。最近のニュースはこのコメンテーターのコメントが長く、「本来視聴者が考えるべき部分」を解答として言い過ぎていると思います。その結果「考えない有権者」「誘導しやすい有権者」が生まれてしまった、と僕は考えています。これはコメンテーターが悪いわけではありません。彼らはマスコミが「視聴者に分かりやすく」という大義名分の名のもとに世論を誘導するためのツールであって、誘導しようと思っているのはまた別の人たちです。

勘違いしてほしくないのは、僕はマスコミが政治的に偏っていたり、偏った意見を言うのは悪いとは思っていません。朝日が左寄りだったりフジサンケイが右寄りだったりしても別に問題ありません。また、有権者を誘導する力には多大なメリットがありますので、それをやろうとする人の気持ちもわからなくもありません。ただ、言いたいのは「あなたの行動はほんとうにあなたの意志でしたか?」ということです。「選挙期間中にもかかわらず特定の候補や特定の党ばかりが報道される」現状をまずおかしいと思わなければいけません。

日本の選挙は投票をやる前にだいたい決まっています。今回の選挙の「争点」という言葉がよく使われていますが、この「争点」を作っているのも世論ではなくマスコミです。というか世論とは実質的にはマスコミ報道のことなのです。争点を作れば選挙結果は決まります。実際にどの候補者が当選するのかまでは決まりませんが、どの党がどのくらい得票するかは決まってます。「投票をやる前に決まっているのなら選挙はいらないじゃないか!」と思うかもしれませんがそうではありません。選挙があるからマスコミが争点を作れるんです。

僕は「選挙なんて無駄だ!」とは思いません。でも、今回の選挙を「有権者の力で歴史を動かした」と喜んだり、「民主主義が正しく機能した」と評価したりするのは早合点だと思います。まあ1~2週間くらいは夢を見てもかまいませんが、しばらくしたら冷静に考えてみてください。

カテゴリ: 社会/政治/文化/哲学 日付:

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