[シリーズ] モナリザの微笑 2 of 4
(前回のつづき)
朝、目が覚めると、クサダシにいた。
本当は「ギリシアにいるのは夢でした」というオチを期待していたのだが、起きてみると日本でもギリシアでもなくトルコにいる、というまったくの想定外の展開だった。
どうやってここに来たのか、テレポーテーションやボソンジャンプでやってきたのか、それとも夢遊病にかかってノソノソと歩いてきたのか、それはわからない。けれどもとにかく、昨日はいるはずのないギリシアにいたし、今日はいるはずのないトルコにいる。全く理解不能だ。これはいったいどういうことなんだ? それに今日は11月4日。昨日は10月31日だったハズなのに、だ。自転車で走り回るはずだった週末はいつのまにか過ぎてしまい、僕はヨーロッパの港町でただ路頭に迷っていた。
手にはなぜか昨日とは違うカメラがあった。Canon EOS 20D。縦グリップ付きでズシリと重いそのカメラを持ったまま、クサダシの街に出る。
ここクサダシも6月に来たばかり。しかしシーズンオフとあって観光客が少なく、前回見た活気がウソように、しんと静まり返っている。
Canon EOS 20D | EF24-85mm
ん? そこで僕はあることに気づいた。上の写真は何気ない街角スナップのつもりで撮ったものだが、左上をよく見てほしい。拡大したのが下の写真。
Canon EOS 20D | EF24-85mm (トリミング)
この写真を見ればだれにでも一目瞭然であろう。そう、そういうことだったのだ。
だとすれば、どこかにこの変な時空から抜け出す方法がどこかにあるはず。「オレは日本の秋を満喫したいんだ、オフシーズンのトルコにも、行き飽きたギリシアにも興味が無いんだ!」と今の境遇を呪いつつ、現実に戻るための出口を探した。
せめてヒントだけでもあれば・・・。
そこであることを思い出した。6月にここを訪れた際に、エフェソス遺跡のはずれで古代文字でかかれた不思議な一節を見かけた。
ト キ ノ ハ ザ マ ニ、 ア ク セ ス セ ヨ。
もしかすると、あの一文は僕がもう一度ここにやってくることを予告し、その時の戻り道を記したメッセージなのではないだろうか? それにしても、「時の狭間」とは一体なんのことだろう? 時間が何か関係しているのかと思い腕に付けているG-SHOCKに目をやってみたが、時計が逆に動いているわけでもなく、回転速度が違うわけでもない。別段いつもと変わりないように見える。タイムゾーンは現地に自動設定されていて、時計によると今は11月4日の16時58分。日付に関してはたしかに謎だが、時刻に関しては周りを眺めてみても夕暮れだし時計との矛盾はないように見える。
「あ!」 その時、ホンのわずかだけヒントが見えた気がした。(タイムゾーン。他のタイムゾーンにアクセスというのはどうだろう? たとえば日本。日本に電話するとか。それで「こちらは夢だけどあちらは現実」のような違う時空へのアクセスになるというのはないだろうか? それで戻れるとか? まぁ、やってみるか)。
まずはG-SHOCKをデュアルタイム表示にして日本の時刻を表示してみる。日本との時差は7時間。日本は11月4日の23時58分。いや今ちょうど59分になったところだ。あと1分で、日本は午前0時。こっちとは日付がズレる。このズレが時の狭間。そこにアクセスすればいいのか!17時ピッタリに日本にメールを送ればいいんだな。ほんとに?? ま、いいか。やってみるさ。よし、いくぞ。
5、4、3、2、1・・・・
(次回につづく)
※この物語はフィクションです。
<<追記>>
先ほど確かにアップしたはずなのですが、上の写真2枚が消えてしまいました。fc2によって削除されたのかサーバトラブルなのかはわかりません。自分のパソコンに入れてある元データからも消えています。謎です。