YMOとガンダムと私

ちょっと話が脱線しますが、子供の頃の話をしている間に何度も「YMOとガンダム」が出てきたのでちょっとそれに触れておこうと思います。中には何それ?って人もいると思うので。

新宿スナップ
2009/01/24 新宿
PENTAX SuperA | smc-M50/1.7 | FUJIFILM Superia X-TRA 400

例のごとく、写真と本文は関係ありません。


そもそも、「YMOとガンダム」と言うけれどもこの2つの間にはほぼ関連性はありません。「YMOとライディーン」「TMネットワークとガンダム」には多少の関連性がありますが「YMOとガンダム」にはそのレベルの関連性すらありません。にもかかわらず、「YMOとガンダム」は僕だけではなく当時の多くの人が同時にハマった文化ではないかと思います。

僕の場合小学生~中学生なのでYMO/ガンダム世代としては一番下の年齢になるのですが、とにかく当時これにハマって、それが現在まで持続しているわけです。これを「大人になっても鑑賞にたえるモノに早々に出会うことができた」ととらえるか、「いつまでも子供から卒業できない」ととらえるかは難しいところですが。いや自分では前者だと思ってますよ。

この2つは、より一般化して言えば、要するに「ポストモダンとサブカルチャー」なんですね。真面目な議論を無効化して「考えない人間」を大量生産してしまったポストモダンと、メインカルチャーを破壊して消費材としての流通に特化してしまったサブカルチャー。今、文化的危機というのものがあるとすれば、それはポストモダンとサブカルチャーによってもたらされたものであり、その代表がYMOとガンダムである、と言うことも可能でしょう。実際YMOやガンダムを古典として参照し、そこから先にはさかのぼらないという人もいるわけですし。

しかしそれでも、僕はこれらを肯定するのです。それは「コムロとエヴァじゃなくてよかった」という消極的な意味ではなく(それも大いにあるけどね)、「俺らの根幹はポストモダンとサブカルチャーなんだよ」という意味で。ドゥルーズの新訳とかΖの新訳とかに歓喜し、HASYMOのDVD観ながらブログの更新とかやってる、『資本論』より『アンチオイディプス』を先に読んじゃった、みたいな、なんとなく透明に近いクリスタルな僕ら、なわけです。いや実際はそういう世代は僕らよりちょっと上なんですけどね。その世代の人たちはわりと否定気味らしいので僕が肯定しておこうかなと。

自分がその環境で育っているということは、他の人がどうあれ自分はそこを基準にするしかないし、例えば僕らの世代が「ビートルズいいよね!」とかいうのはなんか嘘くさいわけです。それはそれでいいだろうと。YMOとガンダムでここまで来たんだからそれは肯定しようよと。
なんかうまくまとまらなかったけど、「自分が学んだものの中にしか答えはない」ってことかな。今風に言えば「痛みを感じる方向に出口がある」ってことで。

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